国家の罠

悪かった、悪かった、運が悪かった。

あまりに面白くて、一気に読んだ。


今となっては懐かしい、鈴木宗男事件の裏舞台を描いたノンフィクションだ。

臨場感と緊張感のある文章で、単純に物語として存分に楽しめる。知らないところで非常に優秀な人たちが、日本のために名誉を得られるでもなく働いているんだってことが分かるし、普段私たちが知り得ない世界を垣間見ることもできる。これだけでも十分に価値のある内容だけれど、この本の目玉は別にある。それは、国策操作に関する記述だ。

国策操作とは何か。

国策操作は「これからはこの考えは認めない」ことを国家として主張するものだ。
国策操作のターゲットとなるのは国家の意志形成に影響を与える政治家とそれに関係のある官僚などで、ターゲットとなったら逃れることはほぼできず、必ず誰かが犠牲になり、その結果、真のターゲットである人物が表舞台から姿を消さざるを得なくなる。
鈴木宗男事件においては、小泉政権の政治が指向するものと、鈴木宗男の目指すものが相容れないものだった、という背景があると著者は言う。

国策操作の本質がよく分かるこんな内容の記述があった。
実刑判決ではなく、執行猶予がつくのがよい国策操作。逮捕がいちばん大きいニュースで、裁判に関しては小さい扱いをされるのが理想の形。国策操作で捕まる人たちはとても能力があるから今後もそれを社会で生かしてもらえるようにするのが検察の腕の見せ所でもある。

だから国策操作において逮捕されるのは、悪いことをしたからだ、というのは少し違っていて、単に運が悪かったからだ、という方がより真実に近い。なんだか気の毒になる話だ。

最後に、本文中に出てくる文を紹介する。

国策操作は「時代のけじめ」をつけるために必要だというのは西村氏がはじめに使ったフレーズである。
私はこのフレーズが気に入った。

私も、このフレーズが気に入った。

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